「誰かの秘密」


「あっ、潔子さん偶然ですね!」

背後から、聞きなれた(正確には聞き飽きた)声が響く。
腹の底から力を入れて、足を踏ん張って怒鳴る声。
そんな元気は、部活まで取っておけばいいのにといつも思う。

振り向かない先に誰がいるのかも知っている。
田中 龍之介。
烏野高校バレー部所属。
ポジションはウイングスパイカー。
いつ如何なる時でも騒々しい、チームのムードメーカー。

「うっわ、田中だよ」
「またいるわ〜」

たまたま隣を並んで歩いていたクラスメート達も、またかと呆れ顔で呟く。
放課後、部活に向かう前に、用事があって廊下に出た矢先にかけられた声は、それはもういつものことで。
私も慣れっこだし、私の身近にいる人間にも、苦笑と失笑を持って迎え入れられている行事のようなものだった。

大体、偶然であるはずがないのだ。
私は三年生。
田中は二年生。
階が分かれているし、意図的に会おうと思わなければ、三年生の廊下で出会うはずがない。
わざわざ部活に出る前に、階段を駆け上がり、私の教室の前まで来て、かといって教室の中に呼びかける根性もなく、あくまで偶然を装って声をかける、この後輩に、私はいささか自分の感情をもてあましていた。

もてあます、というのは正しくない。

正確には無視しているのであって、特別なリアクションは何もしていないというのが正しい。

私は、烏野高校バレー部のマネージャーであって、田中は部員。
それ以上でも、それ以下でもない。
私は、バレー部に全国大会に行ってもらいたい。
田中は、自分の力でバレー部を全国に導きたい。

目指す先は同じであっても、それぞれできることと、役割が違う。

その差の中で、田中が如何に私を見て騒いでも―その声に、嬉しさ以外の何かが含まれていても、正直私にはあまり関係がないと言えた。

「しっかし、よくやるよねえ。田中も」
「まあ、見ようによっちゃあいじらしいとも言える」

同じように、これから部活に行く二人のクラスメートが、苦笑しながら歩き出す。
私の遙か後方で、
「体育館でまたお会いしましょー!」
と田中が叫んでいるのが聞こえた。
振り向かずとも、きっと手を大きく振っているのもわかる。

「しかもさ、あたしの後輩が見たんだけど、あいつ部室からジャージ着ないで、パンツ一枚で廊下に飛び出してきたらしいよ」
「なにそれ!? 軽く変態じゃない」

テニス部の友人の話を聞いて、私は軽く頭を抱えた。
田中ならやりかねない。
どんな理由があったのかは知らないが、何かとてもくだらない理由だと言うことはわかる。

「潔子も大変だよねえ。ああいう喧嘩っぱやいのまとめるのも、仕事のうちなんでしょ?」
「わかるわー。三年生はわりと皆落ち着いてるのにね。澤村もスガもまともっぽく見えるし」
「あーでも、あれね。東峰はちょっとへたれかも」
「あははは。ちょっとですむといいけどね」

私の周囲で、それぞれがバレー部の部員の批評を始める。
少しだけ気持ちがいらだつも、わざわざ訂正するほどのことではなかった。
特に東峰に関してはその通りといわずにはいられなかったから。

「でもまあさ。田中はちょっとヤンチャ行き過ぎてるっつーか」
「潔子がガン無視してるのも、正直わかるよね」


確かに。

暑苦しいし。
鬱陶しいし。
短気で。
いつもふざけたことばかり言って。
いつも叫ぶか、怒鳴るか、相手に対して喧嘩腰になるだけで、穏やかな顔など見た事がない。

バレーの事になると、いつも田中は、攻撃的になる。
ありとあらゆることに対して。



でも。



まだ仲間になるかどうかもわからない、小さな一年生と、目つきの悪い一年生。

その二人をかばって、自分の時間を割いて練習に付き合って。

自分のレギュラーを脅かすかもしれない人間にも、常に前のめりで。


しかも、本当の仲間になるかもわからないのに。


田中に対して、見ただけの印象で話す、私のクラスメート達。
田中に対して、そっけない態度をとるだけの私。


外から見てわかりやすい優しさは、田中にはないのかもしれない。
けれど。


貴方達(私)は、出会ったばかりで、まだ何一つわからない後輩のために、怒ったりできる?




あいつは、怒れるのよ。




田中は、そういう奴なのだ。


だけど、だからといって、私の田中に対する態度が、変わるわけではないけれど。
それでも、評価(こういうと生意気だろうか)が変わるわけでもない。

田中がそういう、人のために人と怒ることに対して、てらいのない奴だという事は、よく知っているから。

それこそ、私以外の全てのバレー部員が、とっくに知っていることだから。


「じゃあ、私職員室寄ってから、部活に行くから」
「あ、じゃあたしらこのまま部室行くね」
「バレー部、今年こそ全国だね!」
「うん」

軽口の中に悪意はない、友人達を見送って、私は歩き出す。

田中は悪い奴じゃないと、否定するのは簡単なことかもしれない。

けれど。
田中が、【本当は】どんな奴なのか。
【いつも】どんな風にアタックを決めるのか。
人望があって、ムードメーカーで、義理人情に厚くて、テストの点はいつもいまいちで。
三年生からの絶大な信頼と、後輩からの信望があるということは、わざわざ教えてあげることもない。


私は、少しだけ速く廊下を歩き出した。


坊主狩りで、見た目不良な、田中 龍之介という二年生が、本当はどんな奴なのか。


それは、私が引退するまでの内緒。


バレー部のマネージャーである、一番田中を側で見ることができる、私だけの―秘密の特権なのだ。


End。







余談。
ハイキュー!! でダントツ男前は田中と信じて疑わない私です。
男心に男が惚れるタイプっつうか。